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多彩をきわめる日本文化のなかでも、われわれの祖先たちが、みずからつくり人々とともに楽しんだ芸能の分野は、日本人のもつ豊かな創造性や広汎な適応性を、いかんなく示しております。それらを見きわめることは、単に祖先たちの足跡を明らかにするだけでなく、われわれ自身や次代をになう子孫たちの前途についても、大きな示唆を与えるでありましょう。そのような日本人のさまざまな芸能は、すでに諸先学による幾多の研究によって、しだいに明らかにされて来ました。その功績はまことに偉大であると云わねばなりません。
しかし、こうした諸業績にもかかわらず、日本芸能史というべきものは、歴史学のなかでも、またその他の学問体系のなかでも、必ずしも正当な位置が与えられているとは云い難い現状にあります。
その理由の一つは、従来、芸能の歴史的研究と云えば、ややもすれば、研究者個人の趣味的な欲求によって行なわれ、そのために研究者は孤立かつ分散的な条件におかれて、その成果も学界の共有財産となりにくい点があったこと、二つには、芸能といわれる範囲を、民俗的なものに限定して考えていたために、それが もっている重大な意味が見失われがちであったこと、そして、三つには、それぞれの芸能がつくり出された歴史的社会的条件についてほとんどかえりみられな かったこと、などがあげられます。
そこでわたくしたちは、ひろく全国の芸能史研究者を結集して、芸能およびその歴史の綜合的な研究活動をおこしたいと考えます。もともと芸能という言葉 は、古代においては学問と管絃を同時に含んでいたように人間のあらゆる才能の発現を表わしていたまのですからこれからも、ひとり能・狂言・歌舞伎などの舞台芸能、あるいは民俗芸能のみに限定せず、茶・花・香などの室内芸能をも含んだ、広い意味の芸能を研究の対象とすべきであると思います。そしてその芸能は 一定の歴史的条件のもとにおいて、相互に深いかかわりをもちながら成立し展開して来たものであることを、正確な歴史的認識の上に立って考える必要があると 思うのであります。このような芸能史研究によって先学の豊富な遺産を継承し、われわれの相互の学問を発展させることは、歴史学の分野においてはもとより、新しい日本文化の研究にも、いささか貢献するものかと信じます。(昭和38年)